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フランス語史。
フランス語(français)は俗ラテン語の子孫であるロマンス語の一つである。フランス北部で話されていたガロ=ロマンス方言が次第に変化して生じた。
①→
紀元前58年から52年にガイウス・ユリウス・カエサルによって征服されるまでは、フランスの大部分は古代ローマ人によってガリア人と呼ばれていたケルト語を話す人々と、ガリア北海岸のベルガエ人によって占められていた。フランス南部にも、ピレネー山脈と地中海西部に沿って広がっていたイベリア人、地中海東部のリギュール人、マルセイユやアンティーブといったギリシャ植民地、ヴァスコン人、アクィタニア人、南西部の原始バスク人など、複数の異なる言語、文化が存在していた。
②→
紀元前58年から紀元前51年にかけて、共和政ローマのガイウス・ユリウス・カエサルがガリア戦争を行い現在のフランスの領域のほぼ全域をローマ領としたことが、この地域にフランス語の祖語であるラテン語が本格的に導入されるきっかけとなった。ガリア戦争以前にはこの地域では主にケルト語系のゴール語が用いられていたが、ローマの支配が定着するにつれてラテン語が優勢となっていき、ガロ・ロマンス語と呼ばれるラテン語の方言群が成立した。この言語は基本的にラテン語の影響が強くその一方言と呼べる存在であったが、ケルト語からいくつかの音韻的な影響を受けたものだった。その後ローマ帝国の崩壊とともにフランク王国がこの地域を支配すると、彼らの言語であったゲルマン系の古フランク語が持ち込まれ、その影響を受けてこの地域のラテン語は大きく変容し、9世紀ごろにはラテン語から完全に分離した古フランス語が成立した。その後、14世紀ごろには中世フランス語へと変化し、17世紀にはアカデミー・フランセーズによってフランス語の純化・整備がおこなわれて現代フランス語が成立した。
③→
フランス語を母語話者とする人々が多数派を占めるのはフランス一国のみである。ただし、いくつかの国においてはフランス語の母語話者が大きな勢力をもっている。また、フランス国内において本来フランス語を母語とする地域は北フランスに限られており、南フランスの広い地域で話されるオック語を筆頭に、ブルターニュ半島で話されるケルト語系のブルトン語やアルザスで話されるドイツ語系のアルザス語、コルシカ島で話されるイタリア語系のコルシカ語など系統の異なるいくつかの地方言語が存在する。ただしフランス政府は最も早く言語を政府の手で構築してきた国家であり、フランス革命後は一貫してフランス語をフランスにおける唯一の言語であると規定してきた。こうしたことから教育をはじめとして国家による強力なフランス語普及政策がとられ、上記の各言語地域においても現代ではほとんどフランス語が話されるようになってきている。ただしこの状況には地方言語の保護の観点から批判が根強い。
















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by fffshiuraff | 2017-08-29 06:25 | フランス語_聞く

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